心とろかすような(宮部みゆき)

2009/11/29

観てみた読んでみた



くたびれた乾物屋の角を曲がるとそこにはオアシスがある。
パチンコ屋だ。昔は燦然と輝いていたであろうネオン管はところどころ消えている。
または、点いたり消えたり消えたりしている。

サンクコストの殿堂、通っているうちは認識できないのだ。
サトウ助手はむしろ銀行に入金しているような気分に囚われた。

これが、テレビで言っていたマイナス金利というやつだろうか?
そんな考えがサトウ助手の脳裏をよぎる。
入金はいつもしている。だが、たまに目いっぱい出金することもあれど額が減っている。
その目は空ろに過剰な演出の画面に吸い込まれている。
サトウ助手は気がつかない内に貧乏ゆすりをしながら、ハンドルを強く握りしめた。

2ヶ月と3週間ほど前、パチンコ屋にATMが導入された。
銀行の中に銀行ができたのである。

サトウ助手は銀行を出金専用と入金専用に分けることにした。
ATMから出金しパチンコ台の横の機械に入金するのだ。
意識しているわけではないが、必然的にそうなった。

分けることにした?分かたれた?
紙幣は一度財布に滞在する。

極短い期間。

-----刹那。その刹那。
この間にも、研究室では形態素解析プログラムが動いているのだ。
この世界にある作られた文章はそのほとんどがなんらかのクローンで、産み出されるものは極わずかに過ぎない。
その極わずかのさらにわずかが、流行として伝播する。

インターネットの普及により、伝播の速度は急激に上昇したが、伝播するものはむしろ減った。
情報が多種多様となり、コミュニティが細分化され、文化が地域を超えて伝播し、こんがらがっている。
語の形態変化を捉えない機械的な統計処理の弊害があるのかも知れないが・・・。
一方でコマーシャルなプロモーション活動からなる戦略的な情報の伝播が行われ、新語は徐々に増加をみせる。

そもそも、文章として人間が出力したものを分析するより、より入力に近い、感情を分析したほうが良いのではないか?
と、サトウ助手は考えた。-----。

さて、7が3つ揃った。今日は調子が良い。箱が積み重なった。
サトウ助手はこの辺で止めにして、すし屋へ向かった。もちろん、回るほうだ。

すし屋では「うなぎ」が回っていた。「トロ」も回ってた。
「うなぎ」の尻尾のほうのひょろっとした部分が流れてきた。
ネタが小さすぎて誰も取ろうとしない。ずっと回っていた。

こりゃ、「うなぎ」とは呼べない、「ウナ」くらいである。

あと、ガリの「カス」みたいなのを食べた。ガリはちっちゃいのがうまい。
いつもは安いネタ、お茶、ガリ、これを等分に食べるのだ。
だから、サトウ助手はすし屋に行くときはガリのうまさを重要視している。
調子に乗って「トロ」も食べた。なかなかうまいじゃないか。

久しぶりのすしは「ココロ」に沁みた。

ココロ/トロ/カス/ウナ

解析プログラムがおかしなわかち書きをした。

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