どうでもいい情報を仕入れたくないのでフォローしているのはごくわずかである。
とはいえ、好奇心と猜疑心の塊の私としては、トレンドやら自分の思ったことや気になることを検索などしてしまう。
最近とみに思うがトレンドのハッシュタグに出現してくるワードがなんだか気持ちが悪いというか自然発生的なトレンドというより、一部の集団が自分たちの考えを広めるために運動?活動?のようなものをプッシュしている印象がある。
当然印象なので、だから何だという話なのだが、好奇心でついついそれを覗いてしまったが最後、賛成だの反対だの激論というか口喧嘩が繰り広げられているんですよ、これが。
なんかの記事で読んだが、このようなお題に対して何が起こっているかをビッグデータ解析した殊勝な方がいらしてその分析をナナメ読みした感じでは
①怒りは他の感情に比べて拡散しやすい
②拡散は賛成・反対のそれぞれのグループ内で起きる。
みたいなことが書いてあった。
元々私がフォローしてたいた人々のリツイートを見ていてもそんな感じはしていなかった、どちらかというと日々のどうでもいいようなことのツイートが多かったから。
でも、トレンドなんかを見ていると一つの怒りに共感する人がリツイートし始め、グループ内で怒りの爆発を繰り返し炎上などと呼ばれる状態になったりしている。
怒りが怒りを呼んで、さらに私が読んでイラっとしちゃうわけである。
だからと言って私はそのタイプのツイートは基本的にリツイートなんてしない。
なので、それを火事場のやじうまのように自分から見に行かなければいい話でもある。
それぞれの意見のグループというのもどちらかと言えば平均的な意見から離れた人達が主にツイートしているので、極端な意見の人たちで構成されているため、おそらくどちらもあまり参考になる意見とは言えない。現実の人々の考えはおそらくその中間のどちらでもないような意見だし、ともすれば全く興味がない事柄である。
こんなことをいつもぐるぐる考えることがあるが、SNSのあり方として極端な人たちの怒りが再生産されその周辺の中庸な人たちが影響され、意見が変わるわけではないがなんとなくリツイートしてさらに怒りを広めてしまうのはどうなのか、と思う。
私が個人的に見たくないならTwitterやめれば解決する。
でも、そういう世界は見ていて嫌だし、なんとかならないかなと思っている。
もちろん世界はクソまみれだ、しかし/だからこそ、我々は希望を失ってはならないし希望を失わずにいられる。 ~映画空間 400選(2011)~
たまたま図書館で手にとった本にこんなことが書いてあって、映画に関するものなのだけれど、非常に胸のつかえがおりるような言葉であった。
「世界はきれいであるべきだ」、というようなピュアな意見を言われるよりも、私の感じているようにやっぱり「クソ」なんだけれど、なんていうのかな、そうであっても希望があるというか、これはさっぱり私の言っている意味がわからないね。
えーと、別にこういった議論に限らず、よくわからないビジネスの勧誘?宣伝?やら色々なもんをTwitterは含んでいる。
でもそれは良くないと思っているし、私と同じくイラっとしてしまう人も、とりあえずリツイートはやめて怒りの拡散させずに、もっとマシなことが拡がるSNSであってほしいなと思う次第です。「クソ」まみれかもしれないけど「希望」もよく見れば落ちてるからね。
うまく言いたいことが書けないけれど、まあイラっとしてまで使うもんでもないよね。
でも調べちゃうから検索機能消してプリーズ。
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